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三流大卒30代後半になんとか年収800万まではいけた23歳の転機

三流大卒で、新卒時にはろくに就職もせず、20代後半まで、夢を追いかけ、30代で夢やぶれても、なんとか年収800万程度のサラリーマンとなれたのは23歳の時に、ある転機があったからだと思います。私が大学を出た頃は、就職氷河期という言葉も新鮮味のない、ありふれた響きになるほど、長く続く新卒不遇の時代でした。100件受けて合格ゼロという人もいたくらいです。

多くの学生達は、学歴さえあれば将来安定と言われて育ち、いざ大学を出る頃には失われた20年真っ最中、就職戦線で滅多打ちにされ、大卒なら幸せという話はどこと嘆く時代です。運良く会社に入れても、中途半端な大学卒ではブラック労働当たり前な時代でした。今のように、ブラック企業に対する取り締まりもなく、新入社員は基本は何でも受け入れるような風潮です。大企業と言われるような会社でも、それが普通の事でしたし、むしろ正社員になれるだけラッキーで、過酷な労働内容については誰も疑問にも思いませんでした。

ともかく、私は卒業後、はっきりやりたい事があるでもなく、漠然と興味のあるアパレル関連を受けてみましたが、人気職に三流大卒が受かるわけもなく、ことごとく落ちます。選択肢もなくなり、周りもどんどん就職がきまるなか焦って町の小さなプログラミング会社にはいるも、プログラミングの知識も情熱もなく、2週間ほどで退社します。かくしてフリーターとなり、その後も小さな会社の正社員となりましたが、20代後半で年収300万程度、正社員貧困で子供や家庭なんて、まあ無理というラインでした。

ただ!自分には、23歳のときに、心に決めて、実践し続けたことがあり、それが小さいながら2つの武器になりりました。ひとつは、自分が好きだった業界の仕事を選ぼうときめたこと。好きでやってれば、少々嫌なことがあっても続けられると漠然と考えました。もう一つは、英語です。大学を出た後に、一念発起して3ヶ月、毎日集中でうける少人数英会話コースにかよいました。7年ほどお世話になった会社を出た後は、しばらくフリーランスしながら、自分の夢をおいかけました。職探しをしました。そうして、自分の好きなジャンルと英語の掛け算で、外資に潜り込むこととなります。

 

それまでの待遇が劣悪だったので、外資のリスクは大きいですが、無茶苦茶いい待遇と言うわけでもありませんでした。が、三流卒の、零細企業でしか経験のない人間が、ほどほどの並の下くらいの待遇となりました。

外資はよく言われるように、人を切る時には切りますが、生き残れたら、有給はつかえるし、残業もなく、つきあいの同僚飲み会もなく、個人的には最高の職場でした。さらに外資流キャリアアップというものに気づきます。転職するとガシガシと給与もあがるし、待遇よくなるというシステムなんですね。みんな、木を飛び移る猿のようにいいタイミングに職を転々とし、いいポジへつき、少し早めなリタイアをりたり、起業したり、まあ勿論、日本の会社にもメリットはあるので、どっちが性格にあうかですが、日本の大企業でも終身雇用神話はきえつつあります。今のところ、23歳のとき、生まれて初めて自発的に何かを習いたいと考えてはじめた英会話に人生救われた格好ですね。

 

なんだか無計画かつ、綱渡りのような人生でしたが、なぜかなんとかなりますね。今は子育てに仕事に、落ちてきた体力戻すためのジムにと夢に破れ忙しいおとうさんになるも充実してるといえそうです。

一つだけ後悔があるとしたら、やはり自分の夢に向かう勇気をもつのがおそかったことですねー。